夢でも描こうのブログ

みんなに助けてもらいたい非力な僕

おひさしぶり

まだなんとなくぼーっとしてるけど、生きる気力みたいなものは現金なもので、手に入ってしまったらそれで十分となってしまう。 周りの人達との交流の中で自分らしく生きる方法を模索していくとして、話を聞いてくれる人や、相談できる人のいる当たり前のありがたみを感じ取っている。 そしてプリキュアを見れてる幸せがある。 こんなにも綺麗なものがある世界であるのに、知らずに終わってしまうのはもったいないよね。

よーお久しぶりー

 割と適当にやってるけど、色々と支援を受けれた結果として障碍者として生きることになってる。 毎晩のご飯も作ってるし割と元気ではある、2018年の始まりから終わりまでは大体、言われたことをやるだけでも精神的苦痛を伴うって感じだったけど、今は割と精神の主柱になるものが少しずつ見え始めてはいる。

 なんでもむかしからやってたものってのは手になじみがあるので、色々とまた趣味を思い出して取り組んでみたり、計画を立てて一つ大きなことにも手を出したいとか思うようになるくらいには心に余裕が出来た、実際のところ資本や社会というのは個々人の余裕で成り立っているので、切り詰めに切り詰めると個々が死に末端が壊死し、最後には機能不全に陥るのが当たり前なことなのである。

 実際問題、社会経済を回すためにどんどんと都市改造から国家の覇権を唱えるために、インフラに多額の投資をして人間が動くことを求めた社会システムはコロナという人類の我慢と忍耐に挑みかかる病によって末端からどんどんと壊死し始めている。

 これによって生き残った人類が革新を得て次につなげられるか、それとも何もできないままコロナと共存という敗北宣言をして、末端を焼き尽くしてから過ちは繰り返しませんとやるかは正直もうよくわかっちゃいないことではある。

 ただ言えることとしては追い詰められたからと言って禁忌に手を出すなよということである。 本当に社会に必要なのは淀んだ空気を読むことじゃない、距離感を保って生きれる風土を再構築することだ。

 みんながなるべくナンバーワンになりたいだけの蟲毒の中に堕ちるよりかは、願わくば孤独に愛を見出す賢い生き物に進歩できますように。

閃光と共に滅びろ世界!

 言葉を載せられる所ならどこにでも、

とにかく目一杯吐き捨てて生きたい、衝動がある。
人間やってるからそんな衝動が生まれもするのだと、
自分でも何となく自覚しているが、まだ足りない、
まだまだだ、もっと吐き捨ててやらないと気が済まない。
 世界の全部を自分の言葉で埋め尽くしたい、
そんなわかりやすい心に惹かれていく、
弱者として生まれ持ったのだからもう、暴走するしかない、
我慢などしてやるものか、一度でもおもったのなら、
延々と言葉を吐き続けてやる、誰に向かってでも無い、
自分に対してだ、永遠に自分を支配し続けてやる。
言葉の力によって!

無限大マシンの登場

 ネットワークのやりとりがお金になる時代においては、

情報は無限大管理できるようになっている。

 僕らの出力する情報は爆発的に増えていく一方であるが、

それに自由を与える担保としての無限大の情報容量を誇る新しいネットが、

開設され、そこら中がまるでゲームのような感覚でUIが設計されて、

多岐に渡るゲーム世界が繋がっており、無限大のマップが惑星規模の開拓を、

可能としている。 圧倒的な未来が予測される。

百年後のネットはフロンティアと化すだろう、そして人々は、

オンラインでの活動を主として、機械と接続される。

千年後には機械と同等に振る舞えるようになり、人間は情報を操る、

歴史上で永遠を得た始めての生き物になることだろう。

時間は掛かるが、確実に人類はその方向に行く、

僕らはただ未来を受け止めているだけでいい。

 十年後くらいなら見通せるが、百年後は分からない、

まして千年後は文明規模で変革が起きるのは目に見えている。

 

 望むことなら、僕らの世界が永遠に続いていく事を。

生きているか? と訊かれたなら。

 まだ生きてるよ! と答えます。

最近は小説家になろうというサイトをよく利用していますが、
ちょっとした企画を回していて、ちょっと、
難航してめげていた所です。

明日からはうごけるようになるといいな、なんて!

日々は

ただただ過ぎていく、
なんとなく流されて、
自己決定権は薄いままに、
脱力感のみが残っている。

このままでいいはずもないけれど、
このままに依存していなければいけない、
動かないことを続けて永らく経ったか、
今日もまた動けない。

力がない。

寝ることだけが増えていく。

どこか非常に虚しい。